独白集

今は主にエッセイを書いています。

眠りについて

 眠りに悩まされる人生だ、とつくづく思う。この頃は、若い頃の睡眠不足を埋め合わせるように、長く長く眠る日々が続いている。眠れないのも、眠りすぎてしまうのも、困ったものだ。

 

 昔は眠るのが苦手だった。寝つくのに時間がかかったし、夢の中でも嫌な思いをすることばかりだった。高校生の頃は受験のために寝る間も惜しんで勉強し、眠っている時間をムダだと思っていた。するといつからか毎晩のように金縛りに遭うようになり、数々の幻覚を倒してからやっと眠りにつけたかと思えばすぐ朝が来た。睡眠不足のために寝坊し、遅刻まですることもあった。大学生になってからも、不眠は続いた。目を閉じればすぐに眠りに落ちることができるようになったのは、社会人になってからのことだ。

 人並みに眠れるようになっても、眠るのが苦手なことに変わりはなかった。見る夢といえば、災害の夢、遅刻する夢、喧嘩する夢が圧倒的に多く、幸せな夢だったなぁ、と余韻に浸れる朝などは滅多に来なかった。結婚すると、夫婦で並んで眠る幸せを味わったが、おやすみと言って電気を消しても、必ず夫が先にいびきをかきはじめるので、暗闇の中に一人取り残されたかのように感じて寂しかった。夫は日々ファンタジックな夢を見ているらしく、寝ぼけ眼で「夢の中で空を飛んで楽しかった」みたいな話を聞かせてくれるが、私はそれが羨ましかった。

 息子が生まれると、状況は一変した。まだ赤ん坊の間は、夜泣きの対処のために眠れない日々が続いたが、息子が一晩続けて眠り続けるようになると、私までぐっすり眠るようになった。というのも、添い寝をして息子を寝かしつけていると、気がついた時には自分も朝まで眠ってしまっているのだ。

 寝かしつけしながら寝ちゃうんです、と軽い気持ちで未婚の同世代男性に話したことがあるが、あからさまに「意味がわからない」といった顔をされて傷ついた。確かにこれは育児経験者ではないとわからない話なのかもしれない。寝かしつけが楽な子どもと、そうでない子どもがいるらしいので、子どもの性格にもよるのだろう。

 息子は私に似たのか眠るのが下手で、音や光に敏感なので、入眠までに時間がかかる。寝室は真っ暗にして、隣の部屋のテレビも電気も消さなければならない。私の腕枕でないと寝ないので、熟睡するまで息子に貸した腕を動かすことはできない。こうした事情があって、寝かしつけの際には、真っ暗闇の静寂のなか、息子にピタリと寄り添って30分近く過ごさないといけない。仕事を終えて疲れている状態で、最愛の息子の体温を感じながら、何の刺激もない空間でぼんやりしていて、眠るなと言われても無理がある。必死で翌日の仕事の段取りを考えている日や、誰かに腹を立てている日や、何か眠れない程の悩み事があるときでないと、いともたやすく眠りに落ちてしまう。

 こうして、母親が朝まで一緒に寝ていることが当たり前になってしまった息子は、私が隣にいないことに気づくと大泣きで寝室から飛び出してくる。真夜中にふと目が覚めて、慌てて起き上がり、コンタクトを外したり、歯磨きをしたりしていると、息子が眠い目をこすって洗面所までやってくる。母親の不在を察知する息子の能力には驚かされる。結局、私は夜9時から朝7時まで見えない鎖で寝室につながれてしまうのだ。

 もう半年以上は、眠りたくないのに朝まで眠ってしまう夜を繰り返している。昔不眠症を経験している私にとって、これは贅沢な悩みではあるのだが、疲れて仕事から帰宅し、大急ぎで夕飯を準備して、息子を風呂に入れ、一緒に布団に入り、気づいたら朝、という生活のどこにも、ひとりで過ごす時間は無く、辛いものがある。こうして文章を書いている今も暗闇の中にいて、私の左腕に息子が抱きついて寝息を立てている。

 仕事を持ち帰ってきた日など、絶対に寝かしつけ後にやらなければならないことがある日は、なんとか気合いで起きることができる。しかし、本を読みたいとか、テレビを見たいとか、ただリラックスしたいと思っている日には全く起きられない。本当は、私は一人の時間を欲していないのかもしれないとすら思う。可愛い息子にしがみつかれて眠ることが、気持ちよくて仕方がないという本音もある。息子に貸した腕を無理矢理返してもらってまで、一人の時間にやりたいことが見つからないのだ。

 

 今日はクリスマスで、年明けはもうすぐだ。今年は、仕事に円滑に復帰すること、資格を取ること、など分かりやすい目標があった。しかし来年は、生活にこれといった変化がない。こんな時こそ、新しいことにチャレンジすべきだと思うが、ひとりの時間が皆無である以上、何に手を出すのも躊躇われる。目標が持てない……人生が停滞している感覚が拭えない。
 私はもうすぐ30になる。しかしこのままでは、毎日眠りこけている間に、30代もあっという間に終わってしまいそうだ。
 何もしてないわけではない。私は息子に毎晩ぬくもりという愛情を注いでいるのだ。だけど見方を変えれば、ただ怠けて寝ているだけともいえる。幸せな悩みなのかもしれない。でも自分の時間がほしい。母親としてだけではなく、仕事以外で自分の人生を生きたい。そう願いながら、疲れ果ててまた暗い夢を見る。