音楽が好きで、好きすぎるこの気持ちをどうすればいいのか分からない。久しぶりに夜に1人でゆっくり音楽に浸っていたら、愛が溢れ出す感じがした。完全にキマっている。よく薬物を使えば音楽がすごく綺麗に聞こえるとか、作曲のインスピレーションが湧くとか耳にするけれど、その真偽はさておき、いやいやこれ以上脳内物資溢れさせたら心が壊れますよと思う。私はただ音楽を聴くだけでキマることができる。昔からずっとそれは変わらない。
息子はもうすぐ年長に進級するのでお昼寝の時間が減っており、早くにパタリと寝てくれるようになった。息子を産んでから5年間、待ち望んでいた夜の自由時間。5年も経つと、もはや夜に何がしたかったのかよく分からなくなる。とりあえず音楽が聴きたい。本当はギターが弾きたいけれど、息子を起こしたり隣人に怒られたりするのが嫌なので、ヘッドホンをしてキーボードに触りたい。
ずっと悩んでいる、親や祖母との関係。キマった状態だと、恨みつらみも憎しみも曖昧になってゆくので、お歳暮をもらいっぱなしだったから適当なものでも送りつけとけ!と注文したり、ぶっきらぼうだけれどとりあえず面倒な連絡を済ませたりすることができた。余計な思考を止めてくれる音楽、私にとってはやはり薬でしかない。
学生の頃、音楽は私にとっての精神安定剤だ、と言ったら母親に叱られたことがあった。何と言われたのかはっきりは覚えてないけれど、母親のお叱りの言葉には精神を病んでる人を侮蔑するニュアンスが含まれており、もの凄く腹が立ったのを思い出す。
その母親は音大を卒業し、夢を追いかけて道半ばで挫折。私を妊娠したことも夢を諦めた原因のひとつらしい。プロを目指しクラシック一筋で生きてきた母にはテレビから流れてくる音楽が軽薄に感じられたらしく、音楽番組が始まると不機嫌になってテレビを消していた。そんな母にとっては、純粋に音楽を楽しめる私が羨ましいのかもしれない。けれど私だって真っ直ぐ音楽の道に進めた母親の(金銭的に)恵まれた環境が羨ましかった。
私は母親とは違って、子育てを理由に夢を諦めたり自分を犠牲にする人生は送らない。やむを得ず我慢しないといけないことはもちろんあるけれど、自分の不自由さを子育てのせいにはしたくない。努力と、自分のなかの「認識の上での折り合い」で、子どもを育てながらも自由に生きることはできるはずだと思う。私は音楽を聴くだけで、こんなに幸せで伸びやかな気持ちになれるのだから。