独白集

今は主にエッセイを書いています。

毒親育ちのサバイバル その1

 

 東京近郊に住む両親の存在を華麗にスルーして、東京の友人に会いに行く旅の計画を立てた。出発の数日前に両親から激怒される悪夢を見て、うなされて寝不足、元々引いていた風邪が悪化して高熱を繰り返し、旅行は断念した。悔しい。また親に人生を邪魔された。そう思ってしまう自分が情けない。体調管理ができていなかったのは自分なのに、どうしてもすべてを自分の育ちや親に結びつけて考えてしまう。

 母親と連絡を取るのをやめて1年以上経った。そろそろ周囲からも「あれっ。」と思われる頃だ。「めざめさん、実家には帰らないの。」何人かに聞かれた。職場の昭和の香りのする年配のおじさんからは「親不孝」とはっきり言われた。一番困ったのは親と時折連絡を取り合っている義母からの探りで、「最近、めざめさんがあまり話をしてくれないって言っていたけど……。」と言われ、返事のしようがなく、低い声で「そうですね。」と言うしかなかった。義母がそれ以上何も聞いてこなかったことがありがたかった。

 親とたった1年距離を置くだけでもこんなに心に負担が掛かるとは思わなかった。育ててくれた恩を仇で返すとは何事か、という世間の冷たい目に晒される感覚があった。育ててくれたから、一番近くにいた存在だからこそ、辛いことがたくさんあった。でもそれを他人に説明して理解してもらうのは難しいし、たとえ理解できるような相手でも、仕事の合間に気安く口にできるような話題ではなかった。

 

 もちろん、どんな家族にだって歪みはある。その内情は外から見たって分からない。自分の家族に不満がない人の方が少数だろうし、皆、モヤモヤする気持ちを隠しながら生きている。それに、虐待されて亡くなる子どものなんと多いことか。自分がこの世に連れてきた命を、命として扱えない未熟な親が世の中にはたくさんいる。私はたぶん、被虐児ではない。生きていくために十分な世話はしてもらえていた。

 私がまだ学生だった頃、「大人になっても親とのことを悩むなんて馬鹿だ、親なんて関係ない。」と言われたことがあった。遅れてきた反抗期真っ盛りだったその頃の私は、そうか、私の心が子どもなのだ、私がもっと大人になって、親を親としてではなく、一人の人間として見ることができれば、腹の立つこともなくなるのだ、と思った。

 それと同時に、親への不満を周囲に漏らすことの多かった自分を恥ずかしく思った。外から見れば、何の問題もない家庭で、何一つ不自由なく育ったように見える私が、親への不満など言ったら笑われる。そう思うと、ますます話せないし、「私が悪いのではないか。単なる私のわがままではないか。親とうまくやっていくための努力が足りないだけではないか。」と自分を責めることにもつながった。

 

 しかし、実際はどうだろう。母は、私が一人の「大人の女性」として生きようとすることを拒んだ。母との関係を修復すべく、様々な手を尽くしても、報われなかった。

 30歳を過ぎ、れっきとした「大人」になってもまだ、親との間での悩み、苦しみは絶えなかった。それでも誰にも話さずに耐えながら、傷つきながら、どうにか関係を保ってきた。それは、夫や子どもを争いに巻き込まないためでもあり、世間体を守るためでもあった。

 私自身、親を「毒親」なんて呼びたくなかった。「いろいろあったけど、不器用ながらも親は私を愛してくれたし、私も感謝している。」と思えるように、私なりに頑張ってきた。

 だけど、1年程前、私の苦労をすべて水の泡にされるような出来事があり、限界に達してしまった。もう二度と親の顔も見たくないし、話したくもないと思った。

 

 「毒親育ちのサバイバル」というふざけたタイトルで記事を書いているが、虐待レベルではないけれど、私を傷つけ続けてきた母親は、いわゆる「毒親」なんだと思う。「毒親」ブームにより多数の書籍が出たと思うが、苦しくなるのでどれも読んでいない。ネット上に転がっている毒親診断をしてみると、大体高得点で当てはまるので、多分そうなんだろう。

 

 「毒親」はずるい。「あなたのため」という枕詞をつけて支配し、それに従わないことに対する罪悪感を子どもに植え付ける。やがて子どもは親の考えと異なる考えを持つことができなくなる。そうやってコントロールは続いていく。その状態から抜け出すために、親に抗おうとすれば、必ず罪悪感が付きまとう。親と縁を切る決心なんて、容易にできるものではない。やっと決心すれば、今度は何も知らない周囲から、「親不孝者」扱いされる。

 

 私は実家から遠方の地に移住して結婚したので、物理的に距離を置くことには成功した。また、人並みに就職して経済的には困っていないし、精神的に不安定なのは否めないが、今のところ心療内科などにお世話になるほどではない。そういう意味では、私は「毒親育ちのサバイバル」に成功していると言えるのかもしれない。

 けれど、「毒親」の影響からの立ち直りの本質は、精神的支配から逃れられるか否か、だと思う。

 親が自分を支配していることにすら気づかず、一生、親の顔色を気にして生きている人たちが、案外世の中にはたくさんいる。「目を覚ませ!」と言いたい。支配され続けてきた子どもが親になった時、どうなるか。無力な子どもを今度は自分が支配しようとするだろう。私の母も、そうだった。

 そして私は、本当に目を覚ましているのか。私自身は、息子を支配していないだろうか。

 

 私がどんなことで傷つき、どうやって「サバイバル」に成功したのか、続きに書きたいのだけれど、それを語ることは私の人生の半分を語ることになるので、あまりにも時間が掛かるし、思い出すだけでも涙が止まらなくなることもあり、書いているうちに嫌になって、完成しないかもしれない。

 

 多分、続く。